2014年5月19日月曜日

Manic fantastic Monday





「おやつにはドーナツ、コーヒーにはドーナツ、朝飯は食わないけどドーナツなら、見舞いにはドーナツ、差し入れにはドーナツ、お詫びにはドーナツ、泣き虫にはドーナツ、告白するならドーナツ屋、憂鬱な日にはドーナツ、お祝いにはドーナツ、ドイツ人もアメリカ人もフランス人も、スペイン人もインド人もケムール人もドーナツ。ドーナツはとにかくテンションが上がるんだ。わかるか?ドーナツってのは万能のテンションを秘めてる。歌を知ってるか?音階の最初の音のドはドーナツのドだ、ちなみにファはファックのファだ。」
暇そうな男は多分12個入りの長いドーナツの入った箱を手に持ちそれを指差してこう言ったんだ。女はそんな男の話をきょとんと聞きながらありったけの知識をフル動員してそのドーナツの箱を片手にしたテンションの高い男に本質的で的確な質問をした。
「ソは?」
「青い空だ。歌のことは置いておいて、ドーナツだ。ドーナツの最高峰はKrispyKremeに決まってる。勿論俺の買ってきたこの13個のドーナツもKrispyKremeに決まってる。ミスタードーナツも悪くは無いが店によっちゃ古いドーナツを置いてる。ダンキンなんて最近は見たことも無いってのが残念だけど競争だ。ドーナツは鮮度だ。言うなれば揚げ物は鮮度だ、鮮度が命だ。フライドチキンももテンションが上がるけどドーナツほどじゃない。熱いドーナツを食えって話をしてるんじゃない、わかるよな?」
男は女に確認の意味でというより息継ぎの間としてその質問を利用した。
女はわかるわけ無いって顔をして頷きはしたものの、男の話の続きをちょっと聞きたかった。聞きたくなくても男はドーナツについて捲し立てた。
「熱いドーナツなんて悲惨だ、散々泣いた後に母親の慈悲で出されたドーナツを目の前にしてテンションが最高潮の時にかぶりついたそのドーナツからシュワなんて油が滴って舌の先を火傷した子供に君はなんて慰めを?」
「フライドチキンならいいの?」
「フライドチキンで火傷なんてさして慰めなんて要らない。ドーナツだよ、あのどんな気持ちのときでもテンションを上げてくれるドーナツに舌先を火傷させられた泣き虫な子供に君は何と?あのドーナツに裏切られた子供に君は何と?」
女は黙っていると男はこう続けた。
「そうなんだ、かける言葉も無いってのが熱々のドーナツの一番の問題だ。まあ大抵はどんなに揚げ立てでもこうしてドーナツ箱に入れて運んでいる間に大概は冷たくなる。
で、僕は何の話をしていたんだっけ?」
「ドーナツ?」
「そう、ドーナツだ。ドーナツってのはどんなときでもテンションを上げてくれる。相手が一人だろうと二人だろうと13個だ。ドーナツはロットで買うもんだ。一人一個なんてのはドーナツの買い方じゃない。そんなに食べれないとかじゃないんだ。目の前に山積みにされたその景観を楽しむのが、」
女は勿論次の言葉を知ってはいたが、敢えて唾を飲んで男の言葉の続きを待った。男は目の前のコーヒーを一口飲んでから、ゆっくりとその単語を口にした。
「ドーナツだ。」
「このなんの変哲も無いトラディショナルなオールドスクールのプレーンタイプ。こいつはとにかくPOPでいてデストロイだ。味自体は何のひねりも無いんだけど口の中の水分を一瞬にして持って行っちまう。だから、コーヒーだ。とにかく服用薬みたいにコーヒーで流し込め。どんなにテンションが上がってても、運動後はご法度だ。POPなドーナツもシリアルキラーに変身しちまうっていう可愛い顔して人を襲うパンダみたいな奴だ。」
そう言って男は二口で苦しそうにそのドーナツをほおばりコーヒーで流し込んだ。
「こいつはパンダの親戚のチョコレートタイプだ。チョコは練りこんであるだけで、表面にコートするなんて小手先じゃない。こいつはな、岩石みたいに角があるから」
男はやっぱり二口でほおばり大して噛まずに飲み込んだ。そして、コーヒーを一口飲んだ。
「喉越しを楽しむタイプだ。」
苦しそうにしながらも既に片手には人口着色料ばりばりのカラフルなチョコチップのまぶしてあるドーナツがスタンバイされていた。
「これがアマンダとプレストンのキューピット役になったポップタルトの原型のドーナツだ。毒々しいけど、淡い初恋の味がするに決まってる。コレを食べながらラブレターを書いたことが?」
女は無言で肩をすくめた。
「君はラブレターを貰う側だった。」
そう言って男はやっぱり二口でそのPOPなドーナツを平らげた。男の口の中の水分はもはやカラハリ砂漠のそれ以下になっていたから、女は慌ててクソ熱いコーヒーを注いだ。
気を取り直してクルーラータイプを指差しながら男は続けた。
「このチョコがかかってる奴も、チョコ自体が練りこんでる奴も、砂糖まみれのも、ピンクのストロベリーも、断然POPな王様だ。軽さが売りだから女性向きだ。特にピンクのキュートなドーナツは、キュートな君の白い肌に抜群にマッチする。とにかくPOPだから、こいつらを頼むなら、2つづつって決まってる。クルーラータイプのドーナツは、二つづつだ。」
そう言って女にストロベリーのクルーラーを無言で手渡した。彼女は不思議そうにそのピンクのドーナツを上から下から穴から斜めから眺めて、頬張った。そのくいと上がった口元でドーナツを頬張る様は、明らかにテンションが上がっていた。男は彼女を見てテンションを更に上げた。彼女は男にもぐもぐしながら片手を高く上げて、
「ドーナツ!」って叫んだんだ。
男はその間に残りのクルーラータイプを全部頬張ってやがった。そしてやっぱり片手を高く上げて、
「ドーナツ!」ってお返ししたんだ。
楽しいとかおいしいとか、そんなもんはゆうに超越してとにかく二人の前にはドーナツがあったから、二人のテンションは上がったんだ。二人の目の前には、ドーナツがあったんだ。もう一つのピンクでPOPな奴を彼女に差し出すと、男は注釈無しにどさくさに紛れてシナモンのかかった奴を口に詰め込んだ。
「今のは?」
男はもぐもぐしてからそいつをごくんと飲み込み一言だけこう言った。
「勿論、ドーナツだ。」
13個目に残ったドーナツを男は大事そうに持ち上げると、今までの表情が嘘のように厳しい顔に変わった。女はピンクのドーナツをもぐもぐしながら言葉を待った。
「こいつはな、ドーナツなんかじゃない。生クリームなんかとてつもなく白くて美味そうでも、テンションを上げてくれるドーナツなんかじゃないんだ。」
男はその揚げパンみたいな塊から生クリームが飛び出しちゃってるそいつをやっぱり厳しい表情で眺めた。
「ドーナツじゃないの?」
女の一言に男はこう返して、そいつを一口で口に押し込んだ。
「穴が開いてないじゃないか。」

口の周りが生クリームだらけでもぐもぐする男に、女はイチゴの香りを漂わせてもぐもぐしながら、勿論キスをした。

「イチゴには生クリームよ。」
口元がクイと上がった天使の笑顔で彼女がそういうと、男はこう言ったんだ。
「どんなドーナツだろうと、やっぱり君にはかなわない。」


あ、うちはハンバーガー屋だけどね。

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